最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)74号 判決 1959年7月24日
主文
原判決中被上告人副島種義同秋田五郎に対する請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
その余の被上告人らに対する本件上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人高橋義一郎の上告理由第一点および第二点について。
被上告人らはいずれも中小企業等協同組合法に基き組合員に対する事業資金の貸付等の目的で設立された組合である訴外共栄商工業協同組合の理事であるが、訴外福田正治がパチンコ営業の開業資金の貸付を受けるため新たに同組合に加入して四〇万円の借入の申込をしたところ、当時組合には現金がなかつたため、被上告人副島同秋田の両者において、右訴外人に金融を得させる目的で、昭和二七年五月九日、金額四〇万円、満期日同年七月二三日、振出地および支払地東京都品川区、支払場所株式会社帝国銀行五反田支店なる約束手形一通を、組合代表者副島種義の振出名義により福田正治に宛て振り出し、右被上告人両名とも右訴外人において約束どおり満期に手形金の払込をなすものと信じ、若し払込のされないときは組合において右手形金の支払に応じうるものと信じて手形を同訴外人に交付したこと、訴外福田は右手形を上告人に裏書譲渡してその割引を得、上告人が所持人として右手形を満期に支払場所に呈示したところ支払を拒絶されたこと、当時同組合は株式会社帝国銀行五反田支店および同新橋支店との間に当座預金取引があつたが、本件手形の支払場所とされている右五反田支店において、昭和二七年五月以降預金残高ならびに出し入れの金額は一万円を出ず、同月三〇日の五〇万円の入金も翌日には四五万円の払出がなされるという状態であつて、同年六月二日金額一〇万円の小切手が不渡となり、同年七月一五日頃には同支店および新橋支店との取引が解約となり、次いでその頃手形交換所の取引停止処分を受けたこと、さきに同組合が銀行から借り入れた五五三万円は、組合員に対する貸付の回収が不良のため、弁済期に約半額の返済がなされたにすぎず、その残額の支払のための新たな融資も実現が極めて困難であつたこと、はいずれも原判決において確定された事実であり、他面被上告人斉藤、同村井、同野崎が本件手形の振出に関与したことは、原審が証拠上認めえないと判示しているのである。
而して、右被上告人三名が手形の振出に関与した事実を認めえないとした原審の判示は首肯することができるから、右手形の振出による損害につき、右被上告人三名の中小企業等協同組合法三八条の二第二項に基く責任を否定した原審の判断は正当であり、同被上告人らに対する論旨は前提を欠くことに帰し採用することはできない。
しかし、被上告人副島および同秋田が訴外組合の理事の職務として本件手形の振出をした際に、訴外福田において満期に手形金の払込をなすことおよび若し払込のなされないときは組合において手形金の支払に応じうることを信じていたとの原審の事実認定自体は首肯できないわけではないから、原判決が右両名につき前示三八条の二第二項にいう悪意を否定した点に違法はないとしても、右両名が訴外福田において満期に手形金の払込をなすものと信ずるにつき首肯するに足る事情はなんら判示されていないし、更に原判決で確定された前記事実関係から明らかなように、訴外組合は満期に右手形金の支払をなすことが極めて困難な状態にあつて、特段の事情のない限り、右両名においても手形振出当時にかかる事情を当然に予見しえたものと認められる以上、これを予見することなく慢然前記のように信じて手形の振出をなしたとすれば、同人らには前示三八条の二第二項にいう重大な過失があつたものと解すべきである。したがつて、前記の諸事実のほか特段の事情を認定判示することなく、ただちに右両名の重過失を否定した原判決には、審理不尽または理由不備の違法があり、論旨は理由があることに帰するから、原判決中被上告人副島同秋田に対する請求に関する部分は破棄を免れない。
よつて民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)